topimage

    2017-09

    平和元年 - 2017.08.05 Sat


    2015年の7月にリリースされた元ちとせさんのアルバム『平和元年』。
    あれからこの時期になると毎年聴きたくなるのです。

    汗ポタポタの真夏の工房で蝉時雨のうねりと一体になるかのような元さんの歌声。

    眩しく輝く日本の夏。70年前に人々の暮らしの上に降り注いだのは、機銃掃射と爆弾だった。
    一瞬で消えてしまった多くの人々の日々の暮らし、青春、夢、恋、家族、幼い命、、、

    繰り返し聴いているうちに、このCDにはそんな沢山の魂が宿っていると感じるようになりました。

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    戦争はもちろん、全ての武力、暴力を捨て去ること。
    その実現に向かって行くことこそ人間の存在の理由なんだと。

    そのことを粘り強く、考え、学び、行動し続けることを、その魂たちは
    誓い直させてくれているように感じます。




    死んだ男の残したものは
    ひとりの妻とひとりの子ども
    他には何も残さなかった
    墓石ひとつ残さなかった

    死んだ女の残したものは
    しおれた花とひとりの子ども
    他には何も残さなかった
    着もの一枚残さなかった

    死んだ子どもの残したものは
    ねじれた脚と乾いた涙
    他には何も残さなかった
    思い出ひとつ残さなかった

    死んだ兵士の残したものは
    壊れた銃とゆがんだ地球
    他には何も残せなかった
    平和ひとつ残せなかった

    死んだ彼らの残したものは
    生きてるわたし生きてるあなた
    他には誰も残っていない
    他には誰も残っていない

    死んだ歴史の残したものは
    輝く今日とまたくる明日
    他には何も残っていない
    他には何も残っていない


    収録曲『死んだ男の残したものは』
    作詞:谷川俊太郎 作曲:武満徹










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    山登り - 2017.06.27 Tue


    昨年暮れから続いている痺れを治すべく、
    六月初旬に左手の手術を受けて以来、
    目下のところ製作をしばらく休んでます。

    図面を書いたり、本を読んだり、端材の整理をしたり、デスクの資料を片付けたり、、、

    どうにも体が鈍ってきた頃にやっと糸を抜いてもらって、
    傷口ももう大丈夫になったので、思い切って旅に出ることに。




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    ローカル鉄道を使っての、のんびり列車の旅なんて本当に超久し振りのことです。


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    兵庫県から鳥取県へ、穏やかな初夏の日本海を眺めて着いたところは
    初めての鳥取県鳥取市。

    鳥取民藝美術館でバーナードリーチの鳥取での足跡を辿る。
    この美術館を作った郷土の偉人吉田璋也との交友など。
    日本の自然と人間の暮らしを愛した先人たち。



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    鳥取民藝美術館、たくみ工芸店、たくみ割烹店、と並びます。


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    知らない街をひとりぶらぶらするのは本当に楽しい。
    自分の日常を離れて、せっかくだから思い切り開放感に浸る。


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    近くにいる友人が車で拾いに来てくれて、一緒に大山へ向かう。
    兵庫の山村に移住してこれからの暮らしを模索している友人。
    その楽しく真剣な実践のあれこれを聞きながら。


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    偉大な大山の広大な裾野に広がる、美しい森を抜けていく。
    この辺りは欅や楢、松、杉の植林などの二次林。
    ブナ原生林はまだまだ先。とても楽しみ。


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    人間の営みもある。広々して寛大な大山の自然の中に。

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    車を降りて歩く。
    標高600メートルくらいの沢に出て頂上を望む。


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    ブナ原生林。
    数としては知らない木のほうがずっと多いが、
    ミズナラ、カエデ、ハンノキ、カツラ、杉など木工素材として馴染み深い木が
    姿も大きくてやっぱり目が行く。一本一本の存在感と全体の調和。
    素晴らし過ぎて胸が一杯になる。
    高度が上がるにつれブナの割合が増える。ナラはいなくなって、カエデが時々。


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    登山道が急峻になり遠景が見え始める。


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    下界という言葉が浮かぶ。ここは天上。


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    下で見上げていた北壁も間近に。


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    3時間半で最初の頂に到着。標高1,709メートル。
    この先の尾根縦走は危険が大きくて禁止されている。


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    ずっといたい気持ちになるけど、ここはイノシシもシカも人間も暮らせない場所。
    鳥たちの声を聴きながら、1時間ほどゆっくり過ごし、下山。
    ありがとうございました。また来させてください。


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    山里の朝。
    人が自然とともに暮らすことを思い出させてくれる場所。
    思い出して、そしてそれを実践することは、都会にいては出来ないし、
    山村に住むだけで出来るというものでも最早ない。どこまでするか、どこまで
    今の生活から、社会から離れるか。離れながらどう繋がって、何を届けられるのか。
    都会の自然志向の欺瞞が見え隠れする自分は中途半端だなと思う。
    普通にしていたら流されて分からなくなってしまう、気がつかないうちに。
    人間もその社会もきっと普通に考えている以上に狂っている。
    何をどうしたらいいのか。今やろうとしていることの中にあるもの。嘘か最善か。
    少なくともそれが見える場所までは戻らなけりゃ本当にもう危ないんだろうと思う。
    でも、(だから?)家具を作ってそれで出来ること、それはまだあるとは思っている。
    もちろんくだらない失敗に流れてしまうことも簡単に起きると。それくらいに
    思ってやらなければいけないと。


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    奈良オーガニックマーケット。
    出店中の友人木工家の展示。美しい木の道具たち。


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    都会の人間の暮らし。

    それに愛おしさを感じているから、自分は家具を作るのだということも。







    花森安治さんの言葉 - 2017.06.17 Sat

    きのう7~8月の展覧会DMの街配布をして最後のGOCYICAFEさんで休憩中、本棚にあった「花森安治のデザイン」をなんとなく手にとって読んでいると、彼がに大橋鎮子と初めてあったときに言った言葉が紹介されていた。女手一つで自分たち姉妹を女学校に行かせてくれた母親に孝行したいから、女性の役に立つ雑誌を出版したい、という彼女に答えて言った言葉だ。大政翼賛会が解散し太平洋戦争が終わった年のこと。

    …花森は、「君は親孝行だねぇ」と感心し、「ぼくには、もうおふくろはいないから、君の親孝行を手伝ってあげよう」と賛同した。そして、「ひとつ約束をしてほしい。もう二度と、こんな恐ろしい戦争をしない世の中にするためのものを僕は作りたい。一人一人が自分の暮らしを大切にしていたら、戦争にならなかったと思う」と語った。…

    安保法制、特定秘密保護法、共謀罪、、、ものづくりをしていても、ずっと心が落ち着かなかったけど、そんなときに自分にとってこれは本当に大きな言葉でした。この頃よく耳にする「政治とは日常の暮らしそのものだ」という言葉が自分にとって意味するところがやっと見えた気がした。
    この後、花森安治と大橋鎮子は1948年9月に「言論の自由を守り、紙面の美しさを保つために」広告をとらない「美しい暮しの手帖」を創刊します。

    …「まじめに自分の暮らしを考えてみるひとなら、誰だって、もう少し愉しく、もう少し美しく暮らしたいと思うに違いありません。より良いもの、より美しいものを求めるための切ないほどの工夫、それを私たちは、正しい意味の、おしゃれだと言いたいのです」…

    あれから69年。さて今、この先の世の中に必要だと自分が思う、より良いもの、より美しいもの、それを探しながら信じながら、ものづくりをしていくのが僕の暮らしであり、政治でもあったのだと思ったのでした。


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    2017年始まる!(もう、とっくに…) - 2017.02.11 Sat


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    新年明けまして、、おめでとうございます!!

    …を申し上げそびれたままに、もう2月半ばとなっておりますが、
    皆様お変わりありませんか?

    思い起こせば昨2016年は注文家具の製作に加え、地域材を使った
    家具作りへの取り組みとその関連展覧会の企画、意欲的な展覧会が続いた
    4年目VOLVOXでのサポートワークと詰めに詰め込んだ1年間でした。

    そして2017年の活動予定もすでに年末までほぼ埋まっていて、、
    やっぱり今年も走りっぱなしの1年になるんだろうなぁ。。。。

    でもなんだかこの頃はもうのんびりしたいなぁ、なんてことも考えなく
    なっちゃいましたね。
    元気でいつも無我夢中でいれたらそれ以上の幸せはないしなって(笑)

    相変わらず迷うことも多いけど大きな方向性は変わってないし、この先も
    もう変わらないと思う。

    だから自分に出来ることは精一杯やってそれを前に進めておきたい。

    その時々の面白さを味わいながら、人との出会いに感謝しながら、
    そして一つひとつの木との出会いを楽しみながら、やっていけたら
    いいな。

    さて、お正月休みにデスクの引き出しの奥から出てきた古いメモ(パソコン
    じゃなくて紙のね!)を文字打ちしておいた。

    2009年に個展させていただいたギャラリーの会報に寄せて書いた文章ですが。
    自分で言うのもナンナンだけどなかなか良いこと言っております。笑
    まぁこれ、その後もあっちこっちで言ったり書いたりしておりますので、

    「またそれかよ〜」って言われちゃいそうですが。
    今年もこれを自分の胸に!




    木を削る日々
    ときおり手を止めふと考える

    この切り口の木目紋様は人の手を経て初めてこの世に現れたのだと

    いつかは山に朽ちる木を少し早めに伐って永年利用する知恵と
    木肌を丁寧に削りそこに美を見る感性を
    それを僕たちが持ち合わせていること、その不思議さを

    地球上で人間だけが物を作りそれを通して自然と関わっている
    そして凡そ良いことも悪いことも大抵はここに端を発している

    木に限らず、物を作る僕たち人間が素材と呼んでいるもの
    それらは全て自然からの頂き物だ

    だから大切に使って活かす
    そして新しい美と利を創る

    それが物作りの役割だといつも自分の胸に心得ていよう
    人と自然がずっといい関係でいるための
    大事な心得だと思うから (2009.10.13)



    ということで、おそくなりましたが、、、
    本年もどうぞよろしくお願いします!!



    福島原発告訴団 - 2014.10.13 Mon

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    今年の5月に第5刷発行となった福島原発告訴団50人の陳述書「これでも罪を問えないのですか!」
    と同じく9月に第2版発行の「福島原発事故から3年 被害者証言集」を買って読みました。

    共にFAXで申し込めばすぐに郵送してもらえるから、僕としては原発ぜ〜ったい反対〜じゃない
    人にも一読をお勧めしたいなと思います。福島原発告訴団のブログ ←ここの中の書籍のところから詳細をご覧ください。

    この両冊子には、国策として推進され、絶対安全だった、はずの原発が津波をかぶって電源喪失し、
    炉心溶融し、爆発して、そうしてばら撒かれてしまった放射能汚染によって生活の、いや、築いて
    きた人生の全てをご破算にされてしまった人々の、現在も続く体験とそのことに責任を取るべき
    国や東京電力の対応の曖昧さ、不誠実さに対しての怒りや決して泣き寝入りなんかできないよ、と
    いう強い意志が綴られています。
    2011年の原発事故以降、被災地の方々の置かれている状況については様々なメディアや
    SNSを通じて伝え知っていたつもりでしたが、こうしてまとめて目を通してみると被った理不尽な
    悲劇の数々に改めてこの事故の甚大さを思い知らされます。
    また、当たり前に平穏にあったひとりひとりの日々の暮らしがそのコミュニティごともう永遠
    と言っていいほどに失われてしまったということは、もうどんな補償によっても元には戻せない
    のかもしれませんが、国としてはこの目にも見えないし人体への影響についてもまだわからない
    部分の多い放射能汚染というものの危険度への評価を、わからないなりに国民が納得できるように
    ごまかしや隠蔽のない態度で行うべきだし、被災者の立場に立った補償や援助をどうしてやろうと
    しないんだろうと思います。
    とくに、ここで陳述を述べられている告訴団の方々の中の事故後に年間20ミリシーベルトまで
    と策定されてしまっている安全基準内の地域からの多くの自主避難者の方々からの訴えに対し、
    国も自治体も東電も、あなたたちは勝手に避難しているだけ、という態度で誠実に向き合おうとは
    まったくしていないと感じます。
    というのがこの二冊を読んだ僕の感想です。

    ⚫︎事故前の安全基準は年間1ミリシーベルトまでだった。

    ⚫︎事故後の現在は20ミリシーベルトまで大丈夫だと変更された。

    ⚫︎現在の福島市や郡山市など県内人口密集地の地上1m空間線量を見てみると事故前の
    自然放射線量(年間0.25~0.45ミリシーベルト)の10倍くらいである。
    http://nanohana.me/?page_id=13422
    http://www.city.fukushima.fukushima.jp/soshiki/29/20130222.html
    http://www.city.koriyama.fukushima.jp/186000/shinsai/map.html
    ⚫︎子供の甲状腺ガンの発症件数など、県民の健康状態の変化も因果関係が証明されないが、顕在化している。
    ⚫︎チェルノブイリの事故後に起こった健康被害についての「北陸医師の会」からの報告
    http://isinokai.churaumi.me

    これらのことを見ていくと少なくとも今の状態はとてもこれで普通に暮らしても安全と言い
    切ったり、また自主避難者の心配を余計なものと決めつけてしまえる、そんななものではない
    状況だと思うのですが、一方では20倍に引き上げられた安全基準の元で普通に生活している
    人が大半であるという現状があり、もしも事故以前の1ミリシーベルトのままだと、福島県の人口
    としては大半と言ってもいい位の人々が、その日常生活を完全に喪失することになるわけで、
    やはりー国家経済、財政、エネルギー政策など、社会の今ある秩序を崩すことは、ー崩して新しい
    より良い安定を築き直すことは、ーその過程での混乱をも覚悟して本気で取り組むことは、、中途
    半端に崩して失敗することを恐れると到底出来るものではなく、国全体から見れば少数の犠牲は
    やむ負えないものとして切り捨てる、この路線でとりあえず行けるとこまで行くという選択に
    なってしまうんだろうか。そこをもう少しうまくやる方策はないんだろうか。それは原発
    再稼働をはじめ、また取り返しのつかない破綻に向かっていく大きな誤りを犯すことでは
    ないんだろうか。
    こうして考え始めると、今この国は本当に難しい問題に直面していると何度も繰り返し思わずには
    いられなくなります。目をつぶってやり過ごすことなどきっと出来ない、避けて通れない難解な
    矛盾を抱える大きな大きな問題に。








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